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2011/01/31

輪違屋糸里



輪違屋糸里【上・下】
浅田次郎
2004



文久三年八月。「みぶろ」と呼ばれる壬生浪士組は、近藤勇ら試衛館派と、芹沢鴨の水戸派の対立を深めていた。土方歳三を慕う島原の芸妓・糸里は、姉のような存在である輪違屋の音羽太夫を芹沢に殺され、浪士たちの内部抗争に巻き込まれていく。「壬生義士伝」に続き、新選組の“闇”=芹沢鴨暗殺事件の謎に迫る心理サスペンス。


「BOOKデータベース」より






京に上がった”壬生浪”達が京都守護職「新撰組」となるまでの内情を、島原の芸妓・糸里の人生と絡めて描いた物語。
今もなぞが残る「芹沢鴨暗殺事件」を中核に、京の市井のひとびとと壬生浪達の葛藤と触れ合い、また生い立ちや信条の異なる隊員同士の軋轢や共感、果ては謀略までを書き切った筆力あふれる良作。


中学時代からの友人から、
「ここに描かれている『芹沢鴨』がお前に良く似ているんだ。豪放磊落というか・・・。是非読んでみてくれ」
と手渡された本作。

さっそくページを繰ってみると、件の芹沢鴨はすぐ現れた。

現れるなり幼き糸里を育てた恩人・音羽太夫を、酔って街角で切り殺した
商家に押し入り金を無心し、返済を迫りにきた美人の女将を犯して愛人にした
金を貸してくれなかった生地問屋には大砲を撃ち込み、火を放ち、焼き討ちとした


なにこれスゴイ\(^o^)/


豪放磊落というより傲岸不遜。


俺こんななんだ\(^o^)/




_____________________
    || 
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   `爪 
   /ハヽ 
  // |.|  (\ (\ 
  !,! . !,!  /  ⌒ ::ヽ
  .ヽヽ_ノノ  |      :::::|    さて死ぬか・・・
       (     ::::::::| 
       /     ::::::::| 
       | |_/ :::::::::::::|







なにはともあれ、本書は壬生義士伝とはまた違う”生きた”新撰組が見られるので、新撰組ファンはもちろん、沖田?誰それ?斉藤?ハンカチ?という人も、というか、そういった人こそ楽しめる良書なのではないかと思います。

歴史小説って読みにくいから好きじゃないんだよね~(´・ω・`;) 
というそこのアナタ!m9(`Д´)ビシッ!

あなたのための本です。
ぜひ手に取ってみてください。



2010/09/08

クロールが速くきれいに泳げるようになる!


クロールが速くきれいに泳げるようになる!【DVD付】
高橋雄介著


初アクアスロンが予想以上に楽しかったので続けてみようと思っている。
しかし、漫然と続けるのは難しいことなのでとりあえずでも目標というか目的をセットすることにした。人間、目印がないと真っ直ぐ歩けないものなのだ。

と、いうことで「クロールを速くきれいに泳げるようになる!」を買って来た。

著者はアメリカへの5年間のコーチ留学を経て帰国した日本水泳界きっての理論派で、監督を勤める中央大学水泳部が脅威のインカレ11連覇!を成し遂げたという実績充分のお方である。

本書は

「まずゆっくり泳いでみる」

「表出した問題点を、12のパターンに分けて抽出する」

「各々の修正用ドリルを提示する」

「更に速くなりたい人のための上級レッスンを9ポイントに分けて紹介」

といった構成になっている。
12パターンの問題点には例えば

『息継ぎの時だけよく進む』 

というものがあり、
これに対する解説としては

『これは、腕をかき終える動作「フィニッシュ」を意識した泳ぎになっているからです。(中略)水から手を抜くときに、ももの辺りで上方向にかくので足が沈んでカラダが起きてします。力強くフィニッシュしているので進んでいるように感じますが、実際は水の抵抗が大きくなっているんです。』

と理論的にダメ出しされている。
お気付きの通り、正に俺の症状だったのだが、気のせいだったとは・・・_| ̄|○ il||li

これに対する修正ドリルとしてはプルブイで足を浮かせて泳ぐ「フロントキャッチドリル」というのが推奨されている。なんでもこれで意識を前に持って行けるとか。


パラパラと一通り読んでDVDも見たけど中々分かりやすい。
あとは頭で理解した(つもり)の内容をどれだけ肉体に伝達出来るか、だな・・・(。-`ω´-)ン-


当面大会に出る予定もないので成果を確認出来るのはいつになるか分からないけど、
とりあえず明日からでもやってみようと思います( ^ω^ )



2007/07/13

私が彼を殺した


読者による謎解きシリーズ第2弾。

ラストシーンは、容疑者を一同に集めその中の誰かを指差した探偵役が、

『犯人はあなたです』

と言ったところで終わるという、超カッコイイものになっている。

この一言を最後に言わせるために積み上げてきた積み木の数を思うと頭が下がる。本当によく作ったなぁ、と思います。

これ以上の感想はネタバレ無しでは為し得ないし、一度しかない推理のチャンスを楽しむためにも未読の方はこの先は読まないことをオススメします。


<<ネタバレ有りの俺的推理編>>

さて、早速推理を始めよう。

まずカプセルの状況を確認すると、殺害に使われたのと同じ毒入りカプセルのうち、所在不明なのは2つ。
一つは穂高がゴミ箱に捨てた内の一つ。これは神林が持っている(いた)様だ。
もう一つは浪岡準子の部屋から最後に盗み出された一つ。これは現場を知る駿河か雪笹が持ち出したと考えるのが自然だろう。

ということで、3者とも毒カプセルを所有している可能性があるので、この線から犯人を特定するのは難しいと思われるので、とりあえず保留しておく。

次に、加賀が示した最後のピース、美和子のバッグ、薬瓶、ピルケース。
これらの品の内ひとつに身元不明の、だが残っていて当然の指紋が残っていたというところから当ってみよう。

読み返してみると、先の3種のアイテムの内、ピルケースについては興味深い記述がある。

駿河直之の章
実は彼愛用のピルケースだった。当時の奥さんとペアで買ったものだということを、俺は穂高から聞いていた。(P.57 )

そしてその行方については、

駿河直之の章
俺の部屋は一応2LDKということになっているが、穂高企画の事務所も兼ねている。おまけに、最近なって穂高が妙なダンボール箱を持ち込むものだから(中略)ダンボールの中には、その前妻から彼宛に宅配便として送られてきたものあった。(中略)前に結婚していた頃の思い出の品は邪魔になったので、彼のところへ突然送りつけてきたとのことだった。(P.181-182)

との記述から、ピルケースもここに入っていたのではないかと推測される。

加賀の言う「残っていた身元不明の指紋」は、穂高の前妻のもので、それは駿河が持っている可能性が高いというわけだ。


そして、結婚式当日、ピルケース受け渡しの場面を改めて見ると、

駿河直之の章
「だけど、俺もすぐに教会に行かなきゃいけないしな」蓋を閉め、ポケットに入れてから周囲を見回した。すぐそばをボーイが通りかかった。(P.148)

とある。すぐ渡すピルケースをポケットに入れる必然性もないことから、この時に予めポケットに仕込んでいた毒カプセル入りピルケースとすり替えた。と見るのが正解・・・・なのかなぁ?


ここで袋とじも読んでみたけど、同じ内容を示唆するものだったし、これが作者の意図する正解だと思う。思うんだけど、いくつか疑問がある。



最大の疑問は、加賀と同じく指紋の件。
ただし、逆。「付いていて当然の指紋がついていた」のでは無く、

『ついていて当然の指紋が付いていない。』

上の「犯人は駿河、ポケットでピルケース入れ替えた」説だと、こうなってしまうのです。


ピルケースは、美和子→雪笹→西口→駿河→ボーイ→穂高の控え室、と移動している。
駿河がピルケースを入れ替えたなら、その前に触ったはずの美和子・笹・西口の指紋は付いていないことになってしまう。これでは速攻で警察にバレてしまうだろう。

予め全員の指紋を付けておく、といったことも全員と面識のある駿河であれば不可能ではないかもしれないが、作品内ではそれを示唆する記述は一切無い(と思う)。

根拠の無い想像の展開はキリがないので、この線は無かったことにしていいと思う。
ならばどう整合性を取ればいいのか。

こういうのはどうだろう。


駿河はポケットの中で、毒カプセルを抜いたのだ。そして空ケースをボーイに渡したのだ。

こうすれば全員の指紋がついたケースが穂高の控え室に残ることになる。
別にマジシャンじゃなくてもポケットの中でちょっとケースを開けてカプセルを落とすくらいのことは出来るだろう。

一方、結婚式当日の朝のミーティングで美和子は

神林貴弘の章
「ピルケースと薬、部屋に忘れてきちゃったから後で誰かに届けてもらうわね」 P.130

と言っている。これを聞いた駿河はの後、ミーティング後挨拶回りの途中にでも新郎控え室に行き毒カプセル入りピルケースを穂高の一着目の衣装のポケットに入れておく、もしくは直接か間接かで渡す。

で、穂高には「祝いの品や届け物などは俺が後で全部処理するからまとめて控え室に置いておいてくれ。あ、それと1着目の衣装のポケットに美和子ちゃんから預かったピルケース入れとたから忘れずに飲んどけよ」などと言っておく若しくは伝言する。

そんでもって、バージンロードで死んだ穂高を抱き抱えるとき介抱するフリでもしながらピルケースを抜き出したわけです。
とりあえず上着を脱がせてしまえば、回収はそれほど難しくは無いでしょう。

これで、

1)皆の前でピルケースはをいじらずに渡し (実際は中を抜いた)

2)その後控え室に近づくこともなかった (皆の指紋が付いた証拠のピルケースは控え室に置いたまま)

というアリバイ充実な状況が出来上がります。

・・・え?これだと穂高の前妻の指紋がついたピルケースは駿河が持っていることになるんじゃないかって?
そ、そうだよ。駿河が持ち帰って処分したんだ。

・・・・え?そうすると加賀の言葉が嘘になるって?
な、ならないよ!加賀が示した写真に写っていたのは、駿河が捨てたピルケースを回収したものなんだ。
加賀は最初から駿河を疑っていた。

なぜなら、初対面で、準子が帰宅が遅かった理由について問われた駿河は

駿河直之の章
「すでに彼女は死んでいたのかもしれない」P.191

と言ったろう?帰宅していない理由を問われて、寄り道していた以外の理由が挙がるのは何%の確率だろう。
加賀は、この男は、彼女がすでに死んでいたことを知っている、とみて身辺を洗い、準子への恋心を掴み、駿河のゴミを回収したのだ。

これで所在不明の毒入りカプセルのうち一つは判明した。では残り一つはどうしたか。最後の一つはどうしたのか。神林貴弘が捨てたか使ったんだろう。
使ったとするなら結婚式前夜、日本料理屋で瓶の中のカプセルと入れ替えたのだ。
そして、瓶に残ったカプセルに毒入りは無かった事実から、そのカプセルは美和子がピルケースに入れたもの=駿河が回収したものであるという結論が導かれる。これが偶然か、美和子が翻意したのかどうかは分からない。キスを許して泣いたあたり、案外翻意もあるかもね。

かなり想像で補うところが多くなってしまったが、指紋の不条理を解こうと思ったらこんな解しか浮かばない。駿河がピルケースを仕込むタイミングがいかにも苦しいのが難点だなぁ・・。 やっぱ妄想かな。



・・・駿河直之。


「犯人はあなたです」




と思うけどどうなんだろうね実際・・・。



<余談>
この小説、心理描写に嘘があるけどミステリ的にこれはいいのかね?

神林貴弘の章
それが穂高真の常備薬の外観と同じだということを、僕は知っている。昨夜、美和子が持っているのを見たからだ。P.132

って実はその前に準子が仕込んで穂高がゴミ箱に捨てたの見たんでしょ?しかも回収してんでしょ?
こういう嘘が許されるなら推理なんて無理だと思うんだが・・・。
ミステリの常識はなのか単なるミスなのか。どうなんでしょ?


<後日談>

自分の推理がまとまったので、ネット上の他者の推理も見てみたけど、やっぱり意図する正解は駿河、ってのでいいみたいね。でもやっぱり「指紋がついてない」ところが気になる人も多かったみたいで、結構色々な推理があって面白い。みんな頭えーなぁ。

しかし俺と同じ推理をした人が見当たらなかったんだが、何か俺間違ってるかな?やっぱ駿河の仕込みに無理があるのだろうか・・・。

今更だけど誰か意見くれー。すっきりしねーよぉぉぉお。


2007/07/02

「量子論」を楽しむ本


PHP文庫
佐藤勝彦 監修
2000年初版

「タイムマシンってやっぱり出来ないらしいよ」と聞けば、「えー。どーしてどーして」となるものだし、「光速近くまで加速すると本当にワープするらしいぜ」と聞けば、「それはどういうことですたい?」と思わず身を乗り出してしまう。理解する頭脳もないわりに好奇心は人並み以上に強いのだ。
そして世の中には、同類の人間が相当数いるらしく、本屋に行くと雑学系コーナーは「図解!」とか「分かる!」と「カンタン!」とかやたら「!」を多用した解説本で賑わっている。表紙には昭和の香りがする古臭い男女の子供が描かれてたりして、いかにも「馬鹿でも分かる」雰囲気を醸し出している。

で、実際買ってみると、これが大体分かる。正確には分かったような気にはなる。
どうせ分かりそうもないところは大きく端折って、「これはこれとして覚えておいてくださいね」という、実は何の説明にもなっていない説明が用いられつつも強引に結論へ邁進していくので、とりあえず最後まで読めるようになっているからだ。最初から最後まで順を追って読めばとりあえず分かったような気になるものなのだ。

ところが、この本は最後まで読んでも全然分からんかった。

最初から分からところの見当がついていて、そこを頑張って解説してくれているのに分からん。
類似の多くの本の様に説明を放棄しているのならともかく、「難しいですが頑張ってみます」と、真摯に説明を試みてくれているのに分からん。こちらも折角買ったんだし、せめてイメージだけでも掴みたいのだが全く分からん。全然ダメ。
こうなると自分が馬鹿である物証を金出して買ったようなもんだ。これは辛い。
(以下グチ)
この間の「光とはなにか?」のエントリでも書いたけど、粒子が波ってのはなんのなのよ?
意味分かんないっす。
この本にも書いてあったけど、なんかサッカーボールみたいな構造をした分子でも波動性が発見されたとか。で、おそらくは全ての物質と言うものは波動性を持っていると推測される、とか。

で、波動性ってなんなのよ?

物質波ってなんなのさ?

一体俺やあなたが何で出来ているっていうのさ?

その後、粒子が波であるから粒子の位置が観測されるまで確率的にしか存在しない、とかトンデモ理論に発展するので、便宜上波と捉えれば説明できる現象があるからそうとされているんだろう、と納得できる解釈で逃げようと思ったら、丁寧に否定された。

(以下引用)

ただし、電子の位置が確率的に決まるとは「電子の位置はどこか1ヶ所に決まっているが、私たちはその場所を確率的にしか推定できない」という意味ではありません。電子の位置は、まるでサイコロを振ってその目に応じて電子の発見場所が決まるように、確率的に(いわば偶然の要素で)決定されるのだとボーアたちは考えたのです。<br>

(゚⊿゚)?

偶然の要素で決定される。のであれば、何故、「決定前」の状態というのがあるはずが、その状態での電子の振る舞いは分かっていません。ということにならないのか?
(゚⊿゚)?

波動の収縮という理論が打ち出されているが、それは観測できないことを前提にした理論であって、それは理論ではなく解釈ではないのか?
この辺が最初から分からなくて、読み終わってもやっぱり分からなかった。
あぁ、完全に勉強不足だ。。orz


収穫といえば、粒子がとびとびの値を取る動きをする、という初めて聞いたけどイメージできるような気がしないでもない理論も知れたことくらいか。
もう理系雑学には能力がついていけないなぁ。
数式でモノを考えられる頭脳が欲しいぜ・・。

2007/05/22

パンク侍、斬られて候




パンク侍、斬られて候
町田 康
マガジンハウス















町田康、初の時代小説。らしいけど、そういったカテゴリーに収まる物語ではない。まぁタイトルで分かると思うけど。


あらすじとしては、掛十之進なる牢人が「腹ふり党」なる新興宗教の跳梁を利用して黒和藩の召抱えになろうと企み家老に近づくも目的を見透かされるが、家老は家老で対立する家老を追い落とすためにこの企みを利用しようと考え掛と組むことにする。
ところが、ことは描いたシナリオ通りには進まず、後には引けない2人は事件をでっち上げるなどして進展を図るが、これが暴走し異常事態を引き起こし、ついには藩の危機を招くことになってしまう。
これはいかんと沈静化を目論むも兵力が足らず右往左往していると、人知を超えた意外な協力者が現れる。
説明の付かない友軍、超常現象を操る敵。振られ続ける腹。
空前絶後の戦いはやがて全てを巻き込み終末へと邁進する―。
って感じ。
見ての通り、時代小説ではもはやありえない。


町田康の小説全般に言えることだが、登場人物は総じて皆真面目である。
真面目に下らないことを考え、何かのバランスを取るように発作的に意味不明な行動に出る。
この支離滅裂、傍目にはまるで狂気の行動を取る気持ち、その心理が分かる。様な気がするのが町田作品の魅力の一つではないだろうか。
誤解を恐れずに言えば、意味不明な行動のカウンターパートとして世の中が描写されているのではないだろうか。

さてさて、そんな真面目な登場人物たちだが、名前は一風変わっていることが多い。
本作でも"江下レの魂次"や"大臼延珍"など読みにくく覚えにくい名前が登場する。”シトゲちゃん”や”差オム”などといったあだ名も唐突に出てきて、しかもそれについての一切説明は無い。
正直言って読みづらいのだが、何故こんな名前を付けるのか?
このことについて、町田康は以前インタビューで答えている。

質問は自分自身が以前にパンク歌手をしていた時に(今も現役か?)、名乗っていた"町田町蔵"という芸名についてのものだったと思うが、「何故その名前か?」を問われた彼は、
「パンクに名前は関係ない。意味も無くカッコ悪ければ、それでいい」
と回答していた。

名前は関係ない。
名前が関係ないならば、その存在に関係するものとはなんだろう?また、どうして名前は関係ないのだろう。
大事なものとそうでないもの。好きなものと嫌いなもの。
区別の難しいものを時に定義することもなく割り切った生き様は清清しく、はっきりいってカッコいい。 近作においてもラストで放たれる台詞にその魂が込められている。


これも町田康全般に言えることだけど、 好き嫌いが分かれるのは間違いないと思う。

まぁ彼が好きな人は後悔しませんので是非。
好きじゃない人は・・、止めといた方がいいかもw
未読な人は、最初は辛いかもしれないが、そこはちょっと頑張って最後まで読んでみてください。
慣れるとハマリますよーw

2007/05/21

ハンニバル・ライジング



ハンニバル・ライジング(上・下)


トマス・ハリス (高見 浩訳)


新潮文庫






レッド・ドラゴン

羊たちの沈黙

ハンニバル

そして今回のハンニバル・ライジング

トマス・ハリスは30年作家生活の中で、上記4作とデビュー作「ブラック・サンデー」の計5作しか書いていない寡作家。ハンニバルシリーズ専門の作家みたいになってしまったな。

寡作なのはいいけど、羊たちの沈黙の大ヒット後にスピン・オフ連発、ライジングに至っては脚本まで手掛けているとなると”商売っ気”が透けて見えて嫌な感じだよねぇ。


と、負の感情を持ったまま読み始めてしまったからか、どうも映画化を念頭に描いたと思われる箇所が目に付き物語の世界に入り込めない。過剰に映像的な描写が却ってこちらの想像力を阻害してしまう。頭の中でキャラが動き出さない物語ほど退屈なものはなく、読み終えるのに随分時間が掛かってしまった。

坊主憎けりゃ、じゃ無いけど、降って沸いたような日本文化礼賛も哀れなユダヤ人登場も媚びに聞こえ、ボリュームの無い上下巻化も憎く思えてきた。


大多数の人と同じだと思うが、俺自身も映画の「羊達の沈黙」から入ったクチなので、最後はやはり映画を観て判断したいと思う。
劇場に行こうと思ってたけど、DVDでいい気はしている・・。

2006/12/26

【Books】どちらかが彼女を殺した


どちらかが彼女を殺した
東野 圭吾






最愛の妹が偽装を施され殺害された。愛知県警豊橋署に勤務する兄・和泉康正は独自の“現場検証”の結果、容疑者を二人に絞り込む。一人は妹の親友。もう一人は、かつての恋人。妹の復讐に燃え真犯人に肉迫する兄、その前に立ちはだかる練馬署の加賀刑事。殺したのは男か?女か?究極の「推理」小説。







いやー、まいったよ。
最近推理小説ばっか読んでたから少し飽きちゃってて、面倒になると最後まで推理せずに読んじゃうこともあったんだけど、この本犯人教えてくれねーんだよ。とんでもないよ。ぼーっと読んでたから何があったのか分からなかったよ。

こうなると解かない訳にはいかないよなー、ってんで本閉じて色々考えてみようと思ったんだけど、もうすっかり犯人教えてもらうつもりだったから内容よく覚えてないんだよ!今読み終わったとこなのに。
いやー、ビックリしたね。自分のいい加減ぶりに。ここまで集中していなかったとは。

結局最初から読み直して推理しました。
が、なんか書いているうちに違う考えが出てきたりしてまとまりませんでした。

俺の推理はこちら↓ *白で書いてあるので反転して読んでね。
結局解説も読んだので犯人は分かっているつもりだけど、湧き出た疑問を片付けられない(><)
誰か教えて~!!

さて推理。
まず、考えるべきはゴミ箱の中身だよね。
これによって康正と加賀刑事は犯人を特定できることになる重要なキーであることは作中に明記されているし。

見落としがなければゴミ箱の中に入っているのは「佳世子が破いた薬の袋」だけであるはず。
また、「その瞬間を見ていた」発言からも、「これで鑑識に出す手間が省けたな」発言からもゴミ箱の中身が薬袋であり、重要なのはその袋を破いた利き手であることが類推される。

ここで園子の部屋に残されていた薬袋の状態によって導かれる状況を考えてみる。
2つの袋のを破いたのが―

1.左手・左手だった場合
とりあえず右利きと思われる潤一は除外される。2つのうち一つは佳世子が破いていたとしても、2つ目が佳世子による再犯行の際の物か、絶望に暮れた園子自身によるものなのか断定はできない。

2.左手・右手だった場合
とりあえず一つは潤一が破ったものである。もうひとつは分からない。
一つ目が佳世子によるものだとすると、2つ目は潤一で彼が真犯人ということになるのだが、逆の場合は1.同様判断できなくなってしまう。

3.右手・右手だった場合
この場合のみ自殺が否定される。加賀が他殺と言い切っている理由も、薬袋がこの状況であったからだと思われる。


よって状況は3.「袋は両方とも右手で破かれていた」であったと推測できる。
ここから犯人が分かる、といういうことであれば容疑者二人の利き手は反対でなければならない。 そして右利きの方が犯人だということだ。



と、ここまで考えた。
しかし、これから先が分からない!

あんまり分からないから解説も見たけど、納得いかない!

解説によると、
1.加賀刑事が殺人と断定している → 薬袋の状況は前述の通り、両方右手で破られている
2.絆創膏は本棚の上にあるため、小柄な佳世子が使うのは不自然 → 潤一が使った → 感電死の準備をしたのは潤一 → コードを切ったのも潤一 → コードは右利きの人間に切られていた → 潤一は右利き

ということで、犯人は佃 潤一である!(・Α・)9m ドーン!!

明示はされてないけど上記が解説が示す真相だと思う。「文庫化に当たって、佳世子がどちらの手で袋を破いたのかが伏せられていることにより難易度が上がっている」とされていることからもコレで間違いないとは思うんだけど、本当にコレでいいのかなぁ・・・。


以下に俺の推理に続きを描くと同時に、解説が提示する答えに対する反論を試みる。


推理は「どちらかの利き手が分かればいい、というところまでいったけど特定できない!」というところまでいった。

作品中の2人の利き腕に対する描写を探すと、
佳世子には、園子の葬式の記帳を右手で行っている描写がある。が、園子同様強制されている可能性があるので断定する材料にはならない。

潤一に関してははそういった記述は見当たらない。
が、論理的思考で、感電死の準備をした犯人が潤一なので、コードをカットした人物=潤一は右利き、という答えが出されている。しかし、これには反論がある。

潤一が感電死の準備をしたとされる論拠は、解説にもあった「本棚上部に置かれた薬箱の中の絆創膏を使うには佳世子の身長が低すぎる」っていうものだと思うけど、これは弱すぎる。
所詮本棚だ。ちょっと高い位置にあるだけで不可能な訳じゃない。サイドテーブルに足をかけるなりすれば簡単に取れるはずだ。

どちらが右利きなのかこの時点では断定できないのではないだろうか?


絆創膏に関してはさらに違う疑問もある。
潤一が絆創膏を使うのも不自然だってことだ。
康正が「犯人がやったと思われる行動、自らの動作で再現してみた」際、寝室に入って周囲を見渡したとき「本棚の中程に置いてある、ガムテープとセロハンテープに向けられた」との記述がある(p.126) 見渡せば目に入るテープ類を無視して上段の薬箱の中の絆創膏を使う理由が無い。これに対する答えは見当たらない。結局、この理由は分からない。

ちょっと方向性は変えて、潤一が絆創膏を使ったのがたまたまとすれば、これは佳世子が真犯人で潤一に罪を着せるためにあえて使ったという見方も出来るような気がする。
つまり供述通り最初に絆創膏でコードをセットしたのが潤一とすれば、帰る前には当然それは剥がしたと考えられるが、残って改めて園子を殺した佳世子が、潤一に罪を着せるためにあえてその絆創膏を再利用した、ということも考えられる。絆創膏を使うのは潤一じゃなければより不自然なことに気づきあえて残した、ってわけだ。これなら「何故か絆創膏が取れかかっていた」っていう未解決な謎も、再利用だから粘着力が落ちていたってことで説明できる。

さらに相手に罪を着せる偽装工作という考えを適用すれば、袋の破き方も同様に相手を嵌める罠とみることも出来る。
まず解説の通り、佳世子が左利き、潤一が右利きとする。で、一枚目の袋は供述通り潤一が破いたとしても、2枚目の袋は園子が左利きであることを知っていた佳世子がわざと右手で破いておいたことも考えられる。その場合、カレンダーも右利きのやりかたで切ってあるのだろう。そうすれば万一事件が発覚しても左利きである彼女は有利な立場につける。

コードのカットも同様にいけそうだけど、彼女が一人で感電死の準備をしたってのは考えづらいから、その場合は2人はやはり共犯だった、てのはどうだろう。
2人は共犯というセンも否定できないんじゃないかな?小説の細部は忘れてるので整合性に問題があるかもしれないが、殺害現場に2人が鉢合わせした、というのが事実なら、2人は共犯であることも出来るんじゃないかな?その場合、グラスを片付けなかった理由が問題になるけど、先の袋と同じく事件が発覚することを想定して佳世子が仕掛けたという見方もできる。佳世子は車で現場にやってきて土足で部屋に上がってしまっている。周到なアリバイ工作を準備していた潤一を前にして、もし事件が発覚したなら逮捕されるのは私で、彼だけはまんまと逃れるのではないか、と考え、自分の身を守るため、少なくとも彼を逃がさないために一片のスキを作った、というのもアリじゃないか?ダメか?共犯なら、ワインを買って持っていったのは二人だということもいうことになるので、ボトルが空だったのも3人だからいっぱい飲んだだけ、ってことで片付けられる。実はグラスは3つあって、睡眠薬を注いだ園子のグラスは持ち帰って破棄されたって可能性だ。これだと殺害の翌日に二人で現場を訪れたって証言からするとちと厳しいが、なんとかなりそうな気がする。



思いつくままに長文書いてみたけど、我ながら検証する気にならん・・・。もう頭痛い(゜∀。)



当面晒しておくので、検証・反論是非お願いしますm(__)m


<ついでに気になる部分>


・最初に康生が部屋に入ったとき、サイドテーブル下に電話が転がっていたはず。何アレ?

おかしいところがあったら是非指摘してください!
よろしくお願いしますm(__)m

2006/12/07

【Books】東野圭吾を引き続き読む

むかし僕が死んだ家が面白かったのでそのまま他の作品を読んでいます。
今までに読んだのは、

むかし僕が死んだ家
変身
手紙
分身
超・殺人事件
白夜行
放課後
宿命
鳥人計画
探偵倶楽部
11文字の殺人

の11冊。ちなみに上から面白かった順。
超・殺人事件は短編集で、超理系殺人事件と超高齢化社会殺人事件が面白い。ただ、くだらないので低俗なのが嫌いな人は読まないほうがいいでしょう。

全体として僕は初期の本格ミステリよりプロットに捻りを効かせたもののほうが好みのようです。
彼の文体は平易で読みやすい反面情感に欠けるので、人間を描くにしても独白や心情の描写でダイレクトに描くより、その天才的な構成力を発揮して他者からの印象や風景としての存在の中から浮かび上がらせる、といった手法の方が合っている気がします。
この人は小説家としてはともかく、ストーリーテラーとしては本当に一流ですね。映画化、ドラマ化が多いのも納得です。
かまいたちの夜みたいなゲーム作ったら凄く面白そうなんだけどやる気ないのかな?期待。

2006/11/23

【Books】東野 圭吾


先日読んだ「むかし僕が死んだ家」が非常に面白かったので、近所のブックオフに行って東野圭吾をあるだけ買ってきました。っていっても4冊しかなかったけどね。ハードカバーはあったかも知らんけど好きじゃないので。
この作家は多筆家なばかりでなく、本格ミステリから涙そうそうのしっとり物語まで手掛ける多才家でもあるらしいので同じ作家を連続で読むことによる飽きや慣れは気にしないでもよさそうです。

吹き付ける風が冷たくなってきた今日この頃。本と酒でぬくぬくと過ごす我が家も悪くないものです。

2006/11/13

【Books】むかし僕が死んだ家


むかし僕が死んだ家
東野 圭吾


簡単な漢字で構成された名前からか、多作家だからか、なんとなく軽い作家のイメージを持って読んでいなかった東野 圭吾。

”かまいたちの夜”で俺の微弱なミステリ魂が刺激されたので読んでみました。

結論から言うと、

スゲー面白い。

物語の舞台は山の中に立つ「灰色の家」。登場人物は「私」と私の昔の恋人の二人。

打ち捨てられた洋館の中で二人が探すものは「過去の記憶」。

ひんやりととした空気。二人の距離感。静けさ。既視感。

時の止まった洋館の中に包ませてくれる描写に加え、張り巡らされた伏線の数々。ミステリを読むこと自体が久しぶりだという個人的事情を差し引いても、これほど数多く精緻に張られた伏線には大きな驚きがある。

ぐいぐい引き込まれ、ページを捲ることが楽しくて同時に終わりが近付いていくことにも寂しさを覚えつつ、読むことが止められない。本当に久しぶりに夢中で読んだ。

読書から離れている人、元々読まない人にもオススメできる傑作です。

2006/11/08

【Books】僕のなかの壊れていない部分

僕のなかの壊れていない部分
白石一文
光文社


週末に久方ぶりに会った友人は本好きな人間だった。
読者家というよりは本好きといった方がしっくりくるタイプで、フルタイムの人材派遣業に従事しながら、今でも年間150冊は読むという。それも同じ本を3回くらいは当たり前、気に入ったものにいたっては、「さぁ・・・?50回くらいは読んだんじゃない?」という ”本の虫” だ。 学生時代は本屋でバイトしていたのだが、さぞかし幸せだったことだろう。
今は?何を読んでいるの?と焼き鳥をくわえながら訊くと、2冊平行して読んでいるといいカバンから文庫を取り出した。京極夏彦の分厚いのと、掲題作「僕の中の壊れていない部分」だった。

翌日、久しぶりの再会を記念して1冊読もうと本屋に出向き、夏彦さんは厚苦しいので「僕のなかの壊れていない部分」を購入した。


タイトルからしてどっぷり内向的な作品であろう。息苦しいほどの心理描写が楽しめるに違いない。
友人が言うには、この白石一文という作家は一般での知名度に比して書店での扱いが大きいのがとか。いわく、「やっぱり『本屋に好かれる本』っていうのはあって、たとえ無名の作家のデビュー作でもあちこちの本屋で平積みされている、ってのはよくあることなんだよね。本屋ってのは当然たくさんの本を読むわけで、そういう人たちはやっぱり批評眼が似てくるのか選ぶ本も同じなんだよね。面白いよね。」ってことで、この白石一文ってひとは『本屋に好かれる作家』であったためそ大きく扱われているそうな。

『本屋に好かれる本』といえば、『天国の本屋』が思い出される。
なんでもどっかの本屋さんが「とにかくいい本だから読んでみて!」と知人に熱烈に薦めてたのを皮切りに口コミでベストセラーになったとかで、その作品性だけでなく既存出版社の告知・広告のあり方についての論議を呼んだことも話題になっていた。俺もいそいそを本屋に向かい、しげしげと読んでみたわけだが、ぬるい童話といった印象しか受けなかった。ヒロインのユイの瞳だけは見てみたいと思える描写だったが、それは単に俺が外人好きだからかもしれない。

・・・・話が危ういほうに逸れてしまったが、言いたかったことは、本屋の評判≠俺の好みである場合もあるということで、「僕のなかの~」に対しても期待しないほうがいいかも、という懐疑的な気持ちが沸いてしまい、その気持ちを胸に置いたまま読んだということを前提として書いておきたい、ということです。



で、レビュー。というほどちゃんと書かないな。感想。


幼少期の体験により抜群の記憶力と人間に対する不信を抱えて生きる主人公、直人。

経済的・教育的に恵まれた環境で育ってきて。誰もが振り向く美貌を持つ「マトモな」女、枝里子。

この二人のお互いに対する理解・感情を軸に、変態人妻や家出少女、厭世的美少年が揺れ動きながら生きていく様子を描いたドラマ。

主人公の人間不信には幼少期の原体験という理由が与えられているが、確保した社会的地位や獲得した信頼からすると人間像としてのバランスがいかにも悪い。内部に破綻を抱えて生きる人間を描いたというよりは、作者がトラウマを逃げ口上に心理の深淵に迫ることをさぼったのではないかという印象を受けた。
これが決定的な違和感を生み、こんな主人公を慕ってくる人々は阿呆ではないかということになり、愛に包まれた人間の筈のヒロインが浅薄な幸せのカタチを求める思考停止の阿呆女に見え、家出少女は絵本の読みすぎで茫然自失の甘ちゃんに見え、美少年は自意識過剰で努力と能力の足りない革命家志望に見えるであった。
ヒロインを除く全員が、自分の闇の原因を外に求めるヘタレどもで、その毒波にまみれた頭で遠近感の狂った思考を続けるのだ。もっとも、俺にヒロインが理解できないのはオンナゴコロが分かっていないからかもしれないが・・・。


ま、要するにイラつく小説であった訳で、なんでこんなレビューをわざわざ書いたかというと、色々な人に読んでもらいたかったからである。
この小説が出版され、平積みされたいたという現実は、自分には理解できない心の琴線というものが確かに存在するということの証左でもあり、理解できないものは理解したいのが心情であり、求ム解説。という訳だ。


長々読んでくれてありがとうm(__)m

本読んで面白かった人がいれば是非コメントください。

2006/04/13

【Books】ゲーム理論を読みとく


『ゲーム理論を読みとく -戦略的理性の批判』
竹田 茂夫著
(2004、ちくま新書)




数学と物理学の天才フォン・ノイマンや映画「ビューティフル・マインド」で話題を呼んだジョン・ナッシュが創始したゲーム理論は、社会のどの分野でも見られる協調と対立の現象を数学的モデルで厳密に分析することを目指し、ビジネスの現場から国家戦略まで多くの分野で影響力を発揮してきた。しかしそうした考え方は大きな壁にぶつかっている。いまや現代社会科学の支配的パラダイムにまでなりつつある「戦略的思考」のエッセンスと広がりを描くと同時に、そこから脱出する道をさぐる。 (amazonより)




「ゲーム理論」、よく聞く言葉だが実態は全然分からない。「ゲーム」というからには楽しそうだが、「理論」というからには難しそうだ。難しくても楽しいことならば知らなければ損だ。しかし複雑な前提に立っているだろう理論をいきなり読んでも理解出来ようはずも無い。こういった時こそ新書の出番だ、と本屋に行ったらゲーム理論関係本盛りだくさん。いまが旬の理論です。

さて、俺はゲーム理論とは何ぞや、と知識の穴を埋めるべくこの本を購入したのだが、同じような方にはこの本はオススメしません。理論そのものに関する説明はほんのさわりだけで、後は筆者が目指す「批判」に向けてまっしぐらなので、ゲーム理論初学者が読むと却って偏見を持ってしまいそうですw

文体はとても読みやすく、意志を持って書いたのでしょう、平易な文体の中にも説得力が満ちています。いくつか主張に齟齬が生じているように思われるところもありましたし、筆者の道徳的信条が前面に出すぎて脱線気味の部分もあります。それでもすらすらと読めてしまう辺りに、この著者の頭脳の明晰さ、そして訴えたいことに対する思い入れが伺えます。

滞りなく読了し筆者の訴えも概ね理解したつもりですが、気が付いてみると「ゲーム理論とは何なのか」ということは分からないままでした。orz

次にこの話題に触れるときは「サルでも分かる」とは「スラスラ分かる」とか「グイグイ分かる」とか(これはメロだけか)、そういうものにしておこうかな。

2006/04/03

【Books】壬生義士伝


壬生義士伝
(2000、日本)
浅田次郎




旧幕府軍の敗退がほぼ決した鳥羽伏見の戦。大坂城からはすでに火の手が上がっていた。そんな夜更けに、満身創痍の侍、吉村貫一郎が北浜の南部藩蔵屋敷にたどり着いた。脱藩し、新選組隊士となった吉村に手を差し伸べるものはいない。旧友、大野次郎右衛門は冷酷に切腹を命じる―。壬生浪と呼ばれた新選組にあってただひとり「義」を貫いた吉村貫一郎の生涯。構想20年、著者初の時代小説。 「BOOK」データベースより)



まず最初に断っておきますが、僕は歴史モノはあまり好きではありません。なのでそういう人間が書いたレビューだということを念頭に大らかに判断していただけると有難いです。

さて、「壬生義士伝」。

浅田次郎の作品はいつもそうだが、語り手の描写が非常に上手く、訥々とまたは快活に言葉を飛ばすさまがありありと浮かんできます。そんな得意の語りのシークエンスを上手く構成に嵌め込んだところ、新撰組という幕末のスター軍団にありながら全くといっていいほど歴史に名を刻まなかった人物にスポットを当てたところなど、着想の部分からして大した小説だと思います。

しかし、いかんせんストーリーはどこまで本当なのか疑わしいところがあります。

これは歴史モノ全般に言えることで、そこにツッコミを入れるのは野暮なことかもなのかもしれませんが、綿密な調査によって描きあげた史実の裏を作品と書き出した、というよりはある人物をあるいは史実を好き勝手に作り上げたいがために綿密な調査を行ったのでは、と思ってしまうのです。いわば”アリバイ工作”です。

そしてそういった手法には実際に生きて死んだ人間への畏敬は感じられず、僕に嫌な感覚を呼び起こすのです。人間の営みを軽んじられたような、祖先の努力を嘲り笑われたような、そういった類の嫌悪感です。

(以下、ネタバレっぽいのもはいります)

この本を読む限り、吉村貫一郎が小説で描かれた通りの行動をとっていたとしても、実際に数十年後に桜庭さんや斉藤さんに話を聞きにいったら本に書かれていたような印象を語ってくれるとはとても思えないのです。

普遍的事実として、他人から見えるある人の人物像とは、その人間が何をしたかあるいは何を語ったかのみによって培われる筈です。そこに推察や自己投影が行われるのはもちろんですが、その時に本当は何を考えていたのかは決して分かりません。

我々読み手は親切にも筆者から主人公の胸の裡も明かされるので、寡黙な主人公の心情も理解できますが、実際に同じ舞台で共に生きてきた人がそうであってはいけません。ある人物が他人に極度に理解を示したのあれば、(現実では察しのいい人ということになる場合でも)作り物である小説ではそれは、その人物が小説よりもむしろ我々と同じ世界に属することを意味することなり、それに気付いてしまえばその世界は瓦解してしまうのです。これは時代劇で背景に電柱を探すような行動とは違うことを分かってもらいたいと思います。

もしかしたら、それでも野暮なことかもしれません。小うるさいだけかもしれません。宮本武蔵など歴史上の大人物でさえ明らかな史実に反することさえなければ、その心情を語り、行動を解説することが許されているだから、歴史の波に呑まれた田舎侍のリアリティなど瑣末なこととしてしまっていいのかもしれません。だけど僕にはそれは許されず、楽しむことが出来ませんでした。最初に断ったとおり、これはこの小説に関する感情ではなく歴史モノ全般に関する、僕の逃れられない情動です。

この感覚を超えた歴史モノと言えば映画ですが、バリー・リンドンがあります。「神の目線で映画を作る」を作ると評されたスタンリー・キューブリック監督の作品です。

過去の人物を主題として扱った作品の目的の一つに、時代を切り取って見せることがあるかと思いますが、これはその点においてハイレベルに成功した作品だと思います。このレビューに共感して頂ける方で未見の方がいらっしゃったら是非どうぞ。

話が大分脱線しました。

最後に僕の好きな浅田次郎作品を挙げておきます。

それは・・・

『プリズンホテル』!

やっぱりって感じですか?w

2005/11/09

【Books】WASP -アメリカン・エリートはどうつくられるか-


ワスプ(WASP)―アメリカン・エリートはどうつくられるか

越智 道雄著
中公新書
1998年初版





WASP - White, Anglo-Saxons, Protestant (白人、アングロサクソン、プロテスタント)の頭文字を取ったもので、アメリカの上流階級のマジョリティーを占め歴代大統領も殆ど彼らが占めていることくらいは何となく知っていたが、逆に言うとそれくらいしか知らなかった。そこで、ここらで一度「WASP」とは何か?を知っておくのも面白いかもしれないと思って読んでみたのだが、結論からいうと面白くなかった。大きな理由は次の3つ。

1.著者の筆力不足
2.著者の自己顕示欲強すぎ
3.結論ありきの構成

1.はそのまま。文法的に間違いではないかと思われるような倒置が用いられたりしていて、とにかく読み辛い。
2.は言い換えれば無駄が多いということ。本論に関係の無い引用やエピソードが多く、それが自分の知識や体験のお披露目にしかなっていないので、「俺も若い頃は無茶をやった」オヤジの武勇伝を聞いているのと同じくらい退屈だ。
3.もともとワスプでもアメリカ人でもない著者が書いたのだから無理もないかもしれないが、どこかの誰かが作った資料を引用してきて、それを結論にしようと更に裏づけの浅い資料を持ち出してきて固めているので説得力がまるで無い。フィッツジェラルドや「普通の人々」が飽きるほど引っ張り出されてきているのを見ると、この本は白人好きの中学生が書いたのではないかと思ってしまう。

頑張って最後まで読んだが、ちょっと内容が薄いと感じた一冊であった。
ワスプの特性がまるで武士道のように描かれているのには興味を持った。今度その辺りを検証している別の本でも読んでみたいね。

2005/10/29

【Books】詭弁論理学


詭弁論理学

野崎昭弘著
中公新書
1976年初版






帯によると40万部のベストセラーらしい。
強弁・詭弁のロジック、それを用いる人物の性格的傾向まで分析していて面白い。
例題として「男はつらいよ」の寅さんの強弁術を紹介したり、ちょっとした論理パズルとその正解と「正解の解説の仕方」まで検証していて、その間にも極力専門用語を排除してあるため非常に説明的ではあるが俺のような初心者には楽しんで読めた。
穏やかで教養を感じさせる文体からは筆者の人間性が滲み出ているようだ。

「論理学は完成された学問である。」と言ったのは誰だったか。
その世界の雰囲気を感じ取ることのできる良書である。