田舎道、夜の国道沿い。交差点で信号待ちをしていると通り過ぎる車はトラックばかりだった。
長距離便が多いだろう。大きな車体に様々なペイントを施したり、ネオン管を取り付けたりしている。
空気を震わせて走り抜ける車体の群れを眺めていたら、ふと中学時代の同級生、N君のことを思い出した。
3年生で同じクラスになったN君は、いつも笑っている少年だった。
小柄で、柔和で、ちょっと頭が悪かった。
彼の夢は「トラックの運ちゃんになること」だった。その話を聞いてエライ驚いたのを覚えている。俺はトラックの運ちゃんなどというのは最下層の仕事だと認識していたからだ。だからそれが夢だという彼に驚いて当然彼も何となく言ってみただけだろうと思っていた。
数ヵ月後、夏ごろだったろうか、彼の家を訪れる機会があり部屋に通してもらって驚いた。
壁に大きなトラックのポスター、棚には輝くトラックのプラモデル、机の上には「トラック野郎」という雑誌が積まれていた。(さらに驚くべきことにその雑誌は定期刊行であった。)その部屋には確かに「夢」が満ちていた。俺は自分を恥じると同時に、人間世界の深遠さに触れたような気がした。
その後彼とは特別に親しくなることも無く卒業し、10年ほど前に同窓会で顔を会わせた時はトラック野郎では無く同級生の紹介で塗装屋をやっていた。
当時は俺も含め殆どの参加者が学生で、既に働いている同級生は俺達に対してどこか敵対的だったが、N君は学時代と変わらぬ笑顔でその仕事の苦労や、親方との関係について話してくれた。仕事を紹介した同級生がN君の肩を抱き寄せ「俺はコイツとずっとやっていく」と話したとき、N君がこらえきれず泣いていたのを覚えている。
俺は別れ際にN君を捕まえ、何故あれほど憧れていたトラックの道に進まなかったのか訊いてみた。
彼は笑顔のまま、やりたかったんだけどね、とだけ言って他には何も言わなかった。俺も訊かなかった。
数年後、その同級生は独立しN君もその会社で働いているらしいという噂を聞いた。
その会社が潰れたらしいという噂を聞いたのは去年のことだ。
彼がどうしてトラックの世界を夢見て、しかし何故塗装屋の道を選び、今現在何をしているのか俺は全く知らない。この先も知ることは無いかもしれない。彼と俺は既に違う人生を歩んでいて、きっとそれはこの先も交わることは無いのだ。
ただ、彼が今もあの柔和な笑顔で笑っているのか、それが何故か気に掛かる。
2005/10/19
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